「外側」(外見)が「美しい人」は、
見ていて目の保養にはなります。
(負け惜しみのように聞こえるかも。汗)
しかし、容姿が美しく、オシャレな
人であっても、その人の言葉や行動が
感情によってコロコロ変わったり、
他人に対して威圧的であったり、
慢性的にわがままだったりしたら
「美しい」とは思わないでしょう。
だとしたら「美しい人」と言うのは、
「内側」を大切にしているという
ことではないでしょうか。
髪型、服装、言葉使い、メイク、
スタイルなどの「部分」を操作する
のではなく、その人の「全体」から
溢れ出る「品格」や「教養」、「信念」
「矜持」といったものなのでしょう。
「美しい人」たちは何を考え、
どんな行動をし、どこを見て
いるのでしょうか?
私が見てきた「美しい人」と
いうのは、(老若男女に関わらず)
・高い教養があるにも関わらず、
傲慢になることもなく、常に学び
続ける努力のできる強い人。
・窮地に立たされても感情的に
ならず、自分を抑えることができ、
冷静な判断と行動ができる強い人。
・自分の「信念、矜持、理念」を
全うするために、社会貢献(実践)
を積み重ねることのできる強い人。
・高い目標に向かって、常に
「自己否定」(成長のために)が
できる意志をもった強い人。
換言すれば、
「美しい人」とは「強い人」
他人に対して力が強いという意味
ではなく、自分の精神力や感情に
対して強いということです。
・「人間はエゴイズムである」と知って
いるから、自分を律しようと努力する。
・「人間は感情の動物である」と知って
いるから、感情をコントロールしようと
努力する。
・「無知の知」と知っているから、
学び続けようと努力する。
「美しさ」は自分に対しての「強さ」
であり、他人に対しては「優しさ」
となるでしょう。
なぜならば、「強い人」は困難や
挫折を乗り越えてきた経験から、
相手の「痛み」を理解しようと
する包容力があるからです。
まとめると、「美しい人」というのは、
外側の「部分」の積み重ねではなく、
内側から醸し出される「全体」があって、
それが言葉や行動などに表れるもの。
これを見事に言語化しているのが、
言語哲学者のフェルディナン・ド・ソシュール
「全体があって、部分が振り分けられる」
と提唱しました。
(全体→部分、全体>部分)
以前、私が学んだ「部分即全体」が
覆された学びの一つでもあります。
「全体」の美しさを目指して、
「哲学」を学び続けていきます。
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